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キントレスキーの墓場

主にDMやアニメの事を書き連ねるブログです。

フレア覇道があなたの人生を豊かにする4つのワケ


運動が趣味なら日々の健康を維持できる。‬
絵やクラフト系が趣味なら学校や職場でちょっとした時にヒーローになれる。
‪ドラマ・アニメ鑑賞が趣味なら人とのコミュニケーション上でに活用できる。‬

ではTCGはどうだろう。


毎日フレア覇道しても健康状態は改善されないし、仲良くなりたい人にジョラゴンループを披露した日には関係が良くなるどころか悪化しかねない。

前述の趣味らに比べると、実生活に結びつく要素は薄いように感じるだろう。

しかし0では無いはずだ。

実際のところtcgという趣味は我々の実生活にどのようなアドバンテージを生み出してくれているのか。





◾️アドバンテージへのアンテナ

今しがた私がなんとなしにアドバンテージと発言したように、tcgプレイヤーはこのアドバンテージの概念を身に纏いながら生活していることが多い。

このtcgで獲得したアドバンテージへの鋭いアンテナこそ、tcgが我々の実生活に一番影響を与えているものだと私は考える。

例えば、
『晩御飯にできるだけ美味しい唐揚げを食べる』
といった勝利条件があるゲームに関しても

→家で作る
→店で食べる
→コンビニで買って帰る

などの選択肢が存在し、それぞれを分解していくと


⚫︎家で作る
(時間【タイムアドバンテージ】を大きく消費する代わりに、お金【リソース】の消費が少なく、味【勝利条件】も美味しい。)

⚫︎店で食べる
(時間【タイムアドバンテージ】が節約できて味【勝利条件】も美味しいが、お金【リソース】の消費が激しい。)

⚫︎コンビニで買って帰る
(極端に時間【タイムアドバンテージ】の消費が少ないが、味【勝利条件】は今ひとつだし、お金【リソース】の消費もそれなり。)


といった性質を持っていることがわかる。

こうやって選択肢を選出し、それぞれを分解・把握した後、現在の手札の状況(帰宅時間、残り体力、財布の中身)からその時々の最適解を導き出すことが求められるのだ。

そう、10年も20年も生きていると忘れがちだが、実際のところ無数の選択肢に晒され続けている我々の日常生活というものはtcgのそれに他ならない。


しかも、実生活では上記に+αとして


⚫︎家で作る時に出る洗い物や油を処理する時間【タイムアドバンテージ】や体力【リソース】の消費

⚫︎外食でなく自炊やコンビニ飯であれば見られたはずの面白いテレビ番組【情報アドバンテージ】

⚫︎添加物の多いコンビニ飯による健康被害【プレイリスク】


などといった様々な要素が多角的に重なるため、tcgよりもずっと正着手を導くことが難しい。


しかし、我々になら出来る。

常日頃ゲーム内において選択肢の海に身を置いている性分から、一般人に比べてこれの精度と速度が高いはずなのだ。

そう。今日明日から、tcgで磨いたその手腕を意識しながら実生活を送って欲しい。必ずあそこで磨いたプレイングやあそこで築いた構築理論が人生のアドバンテージに結びつくことだろう。


ただここでひとつ浮上する問題として、何故かtcgpにはアホが多く存在する点だけは先んじて触れておきたい。

何が言いたいかと言うと、現在の手札状況から瞬時にその日最高の唐揚げが導き出せた上で、何故か突然ラーメン二郎に足を運ぶやつが結構いるのだが、こいつらの存在は俺の知ったことではないということだ。





◾️リスク・リターンの計算

リスク・リターン計算の速度と練度が高いのも、tcgプレイヤー特有の長所だ。意識をしていないだけで、この要素も実生活に結び付きやすい。

最近の私の体験談から話すと、就業とウンコの関係性が正にそれである。

家でウンコをすると、自分の時間を消費するし賃金も発生しないが

会社でウンコをすると、なんと本来労働していた時間を消費し更に賃金まで発生するのだ。

爆アドである。

本当にテストプレイをしましたか?と聞きたくなるほどのバグったアドバンテージ。

勿論、tcgpなら見逃さない。我々のウンコは金になる。


私と言えば「朝ウンコがしたかったので本能のままにウンコをしました!」みたいな顔をしているサラリーマンを見るたびに、あぁこいつtcgは素人かwと微笑ましくなるのだ。

しかし待って欲しい。ここには相応のリスクが存在する。当たり前だ。ノーコストノータイムで手札を増やすカードが許されないのはtcgの歴史が証明している。

リスクヘッジが上手く行かず失敗した際には、行きの電車で漏らす、もしくはトイレのために途中下車して遅刻なんてことになるだろう。

大なり小なり社会性を犠牲にしてしまうリスクがあるのだ。

それも自身の大なり小なりで。

自分の腸内状況としっかり相談し、吟味した上で爆アドを取り続けて欲しい。





◾️運要素・乱数値への理解

tcgをやる上では一生付き合っていかなけらばならない運要素。これへの理解があるのもtcgp特有の長所だろう。

下ブレを下ブレで済まさない。ミスが無かったか省み、事象を分解し、次回への対策を立てる。これは案外難しいことである。tcgpですら出来てない人がいるほどだ。

私も以前友人とtcgの大型大会に向かう途中、運悪く交通事故による渋滞に捕まり、受付に間に合わず出られなかったことがある。

しかし不運で済ませて良い話なのか?不幸なのは間違いないが、ケア出来たはずなのだ。

もしtcgの土台でこれを運悪く…だとか言ってみろ。総出で叩かれる。プレイミスをしまくっているのに運ゲーだと嘆いているようなものだ。

もっと早起きすればよかっただろう、この人数で車を使う必要があったのか、そもそも泊まる場所が会場から遠すぎただろう。

様々な思慮の浅さが露呈する。

その一件から大型大会の受付に間に合わない、ということが一切無くなった。無意識的にもケアプレイをするようになったのかもしれない。

ところがつい最近そんな昔話を掘り起こしている中、その友人は言ったのだ。

『でも冷静になると、渋滞を作った事故には巻き込まれなかったんだから総合的にみるとめちゃくちゃアド取ってるよな。

人間、生きてるだけで爆アドだからね。

確かに。

なんなら俺よりもよっぽど大局が見えてる。やっぱコイツも生粋のtcgpだわ。





◾️コミュニティの獲得

tcgはより広く、そしてより深いコミュニティや友人関係を形成しやすい。

何故ならゲームを行う時、嫌でも人と相対し、そしてコミュニケーションを行う必要があるからだ。

ネットワーク化が進み、画面越しの関係が増えつつある現代でも、tcgのそれは変わらない。

実際問題、画面越しとリアルでは関係の深まり方が大きく異なるのは誰もが実感しているだろう。これは良い方向もそうだし、悪い方向でもそうだ。

だからこそtcgで獲得した良い方向の関係性は、特に深く、そして尊いものになりやすい。同じクラスだとか同じ部活だとか、そんな友人関係と比べ物にならないくらい。

その日最高の唐揚げを導き出した上でラーメン二郎に行く友人も、
就業時間をしゃくるために最大限ウンコを我慢する友人も、
生きてるだけで爆アドを稼ぐ友人も、
ここでしか手に入らない尊いものなのだ。(※欲しいかどうかは別として)

是非、大切にして欲しい。




◾️tcgの益

tcgがあなたの私生活にアドバンテージをもたらすのはまだ先かもしれないし、とっくに実感してるかもしれない。

しかし誰にでも「やっててよかったtcg」と思う時が、いつかどこかで来ることだろう。

何故ならいざ記事にしようとしてみると、存外tcgが私達に授けてくれるものがありそうだったからだ。なんなら絵や運動よりもよっぽどアドバンテージを稼いでくれてるかもしれない。

あなたにもそんな瞬間がいつか訪れることを私は切に願っている。

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  1. 2019/04/25(木) 22:10:43|
  2. TCG全般
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採用理由の説明もできないの?




TCGにおける論理的思考とは、非常に価値のあるものだ。


ゲーム中の事象や経験を理論化・言語化を通して自身の中に落とし込むことで、その時々にベターな選択を出来るだけでなく、プレイヤーとしての力量も高めていくことができる。

しかし同時に私はこのTCGにおける論理的思考ほど、ゲームをするにおいて危険なモノは他に無いとも考えている。


今回の記事はこれの取り扱いを誤ったことで足踏みを繰り返した私の経験則から書いたものだが、私と似て理屈めいたプレイヤー達が同じ轍を踏んでしまわないよう今一度これらについて考え直す機会になれるなら幸いだ。






◼︎危険性


では、TCGにおける論理的思考には一体どのような危険性が潜んでいるのか。私が危険視しているのは主に以下の三つだ。


⚫︎理論が間違っていた場合のリスク
⚫︎理論は間違っていないがそれ以上の解が存在する場合のリスク
⚫︎柔軟性の消失





⚫︎理論が間違っていた場合のリスク


そもそも自身の構築した理論が間違っている場合がある。


例えば施行数の少なさから起こる失敗。本来は間違っている理論なのに、デッキを回す回数が足りなくてそれに気付かないままトーナメントに臨むなどのケースだ。

持論を過信する余り「この対面はこれをこうぶつければ勝てる」といったような机上論に頼って、本来必要であるはずだった対面練習や事象の確認を怠るもしくはその回数が足りないなどの場合にはこのような状況に陥りやすい。

こういった例のように論理的思考に頼りすぎると、いざ持ち込む理論が間違っていた際には大きな痛手を負ったり遠回りをしてしまう恐れがある。


TCGにおける理論は基本的に経験則に基づくものだが、しかし対戦相手もまたメタゲームという名の知の集合体である。

だから正しい理論というものは、日々変化して然るべきなのだ。

TCGにおける理論は一方通行ではない。メタゲームは驚くほど流動的だし、採用カードも週を跨ぐ毎に目まぐるしく変わる。先月通用した理論が今週は全く通じないなんてことは日常茶飯事だ。

理論は常に疑い、それが未だに正しいものかを逐一確認しなければならない。適切でないセオリーを使用することは、そのトーナメントでの死を意味する。





⚫︎理論は間違っていないがそれ以上の解が存在する場合のリスク


理論そのものが間違っている状況とは別に、TCGにおける理論は「間違いでは無いが正解ではない」といった状態に位置することがある。


自身の理論よりも優れた理論を他のプレイヤーが持ち出した時である。


自身の理論に沿ってデッキ構築を行い、施行数もしっかり取り、その理論が確定的に間違いでは無いことを裏付けた状態でトーナメントに臨んだとしよう。

しかし他のプレイヤーがより優れた理論を用いてトーナメントに臨んでいた場合、間違っていなかったはずの持論が結果的には間違い側に位置してしまうといった状況に陥る。

そう。度重なる施行の末、持論が間違っていないという裏付けが取れたとしても、この世には常にそれよりも正しい理論が存在する可能性があることを我々は認知しなければならない。

このように持論が間違いでない裏付けが取れたからといって、それらを完全に信じ切ってトーナメントに臨むのも実は危険な行為である恐れがある。

だからこそ持論が間違いでないと確信した後も、他人の理論を蔑ろにしてはいけない。より正解に近い理論を探しに行く努力が必要なのだ。


常に持論が100パーセントでないことを念頭に置き、他人の理論に耳を傾ける。そして絶えず新たなアプローチを模索する。

そういった努力が必ず私たちの力量の後押しになってくれるはずだ。





⚫︎柔軟性の消失


しかし難しいことに、ロジカルなプレイヤーほど他人の理論を受け入れることが苦手な生命体は存在しない。

私がその典型的な一例であるように、一度確信を持った持論は中々にその形を変えようとしない。こうやって文字にしている今でもそうだ。


では何故TCGにおいて論理的思考を持つプレイヤーがそのように他人の理論を受け入れられない、つまりは柔軟性を持ちにくいのか。


それはTCGというゲームの形態そのものが、理論の間違いを正しにくい性質を持つからだ。

理論に対しそれを正しいもの・間違ったものと裏付けるには結果が必要になる。しかし乱数や施行数の絡むカードゲームにおいて、結果とは常に曖昧なものだ。

例えばこれが科学の実験だったり将棋の戦法だったりの話になると、理論に対しハッキリとした結果が得られ易い。よってその結果の明白さから、その理論が正しいか間違いであるかが確定的になり易いのだ。

しかしTCGではこの結果の部分が乱数と施行数の問題によりブレやすく、非常に曖昧になる。


たとえ自身の理論が間違っていても練習中たまたま良い方向のものしか観測できずに正しいと勘違いしてしまうこともある。

また自身の理論と乖離した構築がトーナメントで結果を残した際などでも、それが1回や2回であれば「いや流石にこれは無いだろ。多分運が良かったんだろうな。」で片付けてしまう気にもなってしまうくらいには数回戦のトーナメントというものは材料として弱い。

間違いを間違いだと、正解を正解だと確信できる機会がどうしても限られるのだ。

しかも論理的思考を持つプレイヤーは論理的であるからこそ、それらの結果に対して自身の理論という先入観を持ちやすい。

だから自身の間違いにも気付きにくいし、優れた理論が登場した際も持論より優れていると認めることが中々できない。


このように論理的思考に偏りすぎると、どうしても他の理論を受け入れる柔軟性が消失しやすいのだ。

そんな私たちは、いざ持論よりも優れた理論を目にした際には自身の間違いを素直に認め、新論を許容する強かさを持つ必要があるだろう。

意固地になった瞬間、そのプレイヤーは必ず停滞する。必ずだ。






◼︎まとめ


以上のことから、TCGにおける論理的思考が必ずしも良い方に倒れるとは限らないことを知ってもらえただろうか。基本的には良い方向に導いてくれるものだが、扱いを間違えるとプレイヤーを殺す猛毒にもなり得る。


といった風に、ここまでつらつら書いて結局何が言いたいかというと「TCGにおける論理的思考は扱いに気を付けよう」ってことだ。

特に常に理論化・言語化を癖にしていたり、場合によっては他人にまで採用理由の言語化を強要するような人物は、それだけロジカルに重きを置いている証拠でもあるので論理的思考の負の面に触れやすい。

そのような理屈固めするくらいならカードに触れる機会を少しでも増やした方が絶対身になると、十数年間TCGをやってきて私も最近やっと気付いた。本当に恥ずかしいことだ。質の伴った施行数は理論と違って中々に裏切らない。


昔の私がそうであったように、理論化や言語化が出来るからといってTCGが上手いと錯覚するのは愚かだ。人よりカードやデッキの強弱を感じるアンテナが鈍いかもしれないし、自らの思考に縛られ気付かぬ内に悪手を選択しているかもしれない。

言語化が不得手だからといって下手なプレイヤーだと断定できる訳がない。人よりカードやデッキの強弱を感じるアンテナが優れているかもしれないし、論理的思考に染まっていないということはそれだけ柔軟性に富んでいる証拠でもある。

私たちは母国語技能で対戦している訳ではなく、カードゲームで対戦をしているのだ。






◼︎おわりに


それでも、言葉ではわかっていても、どうしても。ロジカルが頭から離れない。感覚的なアプローチに頼ったゲーム感なんて蕁麻疹が出る。

わかる。

しょうがない。だって俺も貴方も今までそうしてカードゲームに取り組んで来たから。

そんな貴方にとっておきの秘策を授けよう。



その秘策とは、





デッキを彼女だと思うことである。



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柄にもなく真面目な記事を書いたから、疲れが出たのかと心配した人もいるかもしれないが至って真剣だ。


デッキは彼女、デッキは女の子なんだ。

だから極端に理屈ぼったい男は嫌われる。

よく男は理屈、女は感情で動くと言うように、理屈が通じない時に持論を通そうとするのは不毛だ。そんな時こそ背後から無言で抱きしめるような、情熱的なアプローチが必要なのだ。

理屈が通じない時こそ心で動く。そうすることで事態が好転しやすいのは女性もデッキも同じである。

ほら、推しのスリーブを付けでもしてみろ。もはやデッキ構築とは、男女交際以外の何ものでもないと確信するだろう。



デッキ「違う、違うの!貴方はいつもそうやって理屈ばかり!なんで私が回らないのかまだわからないの?私が欲しいのはそんなカードじゃない!私は…んっ…(ここで唇を塞ぐ。二人の幸せなキスを見守りながらこの記事も終わり。





  1. 2018/12/06(木) 22:33:00|
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シャッフル論争の最果て





「ファローシャッフルはやめてください!」



吠えるような男の怒号。同時にその声を掻き消すほどの大きな銃声が男の手元から鳴った。


撃たれたのは女だった。胸からは赤い血、手からは赤いウルプロのスリーブに包まれたカードが散らばる。



銃を持つ男の腹部には、幾重にも重ねられたカードスリーブが埋め込まれていた。

その最深部に深く眠る萌えキャラスリーブは半透明の壁々に飲まれ、辛うじてその配色を視認出来るかどうかと言うほどにまでに絵柄が薄くなっている。






2XXX年、日本。

人類はカードスリーブによって支配されていた。




カードを守るキャラスリーブ。

キャラスリーブを守るオーバーガードスリーブ。

更にそのオーバーガードスリーブを守るオーバーガードスリーブ。


しかしどこまで行こうと一番外側のスリーブを守る事は出来ない。絶対に傷ついてしまうのが道理だ。



もう、スリーブが傷つくのは嫌だ。



この問題に苦しみ悩んだ末に人類は、人間自らの体内にスリーブを保管し保護する道を選ぶ。


これにより、多くの人間が傷一つ無いスリーブのままTCGの大型大会を戦い終える世界の実現に成功した。



連続的なTCGの大型大会の勃発と、それにより世界的に大流行した《承諾なしでファローシャッフルする病》により、一時は10億人を切った地球の全人口も、今では回復の一途を辿っている。


しかし地球の全人口の80%がスリーブのオーバーガード(※オバスリヒューマン)となった現在、もはや人類はスリーブを保護するためだけの生命体に成り果てようとしていた。





そんな閉鎖されたこの世界に、一石を投じようとする者達がここにいた。









爆発音。



轟々と火煙を吐き出す建物の周りで、叫びと嗚咽を繰り返しながら人々が逃げ惑っている。


「《ニジュスリ》が出たぞー!今度はおやつHMとハイパーマットだ!奴ら気でも触れてんのか!!」


「クソッ!!また懲りずに人のスリーブで横入れしやがった…!今のファローで何人死んだんだ…!」





《反政府組織ニジュスリ》。


人類のオバスリヒューマン化に強く反対する反政府組織である。


相対する国連組織【オバスリ警察機構】は苦戦を強いられ、一時は世界を巻き込む大規模なものになったこの対立も、遂にフィナーレを迎えようとしていた…。














「追い詰めたぞ、オバスリ警察機構最高司令・五智 宇佐男(ごち うさお)!!」



ニジュスリの組織員らしき男がそう叫ぶと、五智は血にまみれた頬を緩ませゆっくりと口を開いた。



五智「ふふ…。まさか本当にここまで辿り着くとはな。驚いたぞ、反政府組織ニジュスリ幹部・羽流 風郎(うる ぷろう)…。」



【オバスリ警察機構】の総監督、五智 宇佐男(ごち うさお)。奴はその体内に1000重に重ねられたスリーブを持っている。その最深部は実親すら見たことが無いという。

一体どんな萌えスリーブが埋まっているというのだ…!全く想像も付かない。




羽流「出し惜しみは無しだ!!はじめからカッ飛ばす!!!!」


怒号と共に羽流は必殺技とも呼べるシャッフルを繰り出す。



羽流「これが俺のショットガンシャッフルだァァぁ!!!!」


勢いで書き出したはいいが書いてる途中で面倒になったクソ創作に一刻も早くケリを付けようという強い思いが、五智の身体を貫いた。



五智「うおおおこの俺がァァ!!あやねるぅぅぅぅぅ!!!!」




ドカァァン




倒された五智 宇佐男の腹部からは、バンドリガールズパーティの美竹蘭ちゃんのスリーブがその顔を覗かせていた。



羽流「勝った…勝ったんだ…!


…い、いや、喜ぶのはまだ早い。忙しくなるのはこれからだ。いち早くこの吉報を全世界に届けよう!」








次の日



新聞「オバスリ警察陥落!なんと五智 宇佐男の萌えスリは美竹蘭ちゃんだった!」


傾く世論「わかる。美竹蘭ちゃん可愛い最高!」


世界中の皆「美竹蘭ちゃんがいればシャッフルとかもうどうでもいい。」




こうして世界は救われたのだ。




ガールズバンドパーティの美竹蘭ちゃんをよろしくお願いします!!



  1. 2018/07/23(月) 21:10:33|
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ネットのTCGと現実のTCG

告知消すぞーーーーーーーーー

ネットのTCGと現実のTCGって観点から少し書く。



ネットのTCGのメリット

○カードに関する費用がかからない
 印刷代、販売にかかる費用などかかる費用が極端に少ない。

○場所と人を選ばない
 現実のトレーディングカードゲームは、カードを遊べる場所で2人以上の人が集まるといった条件下でしかできない。しかし、ネットのトレーディングカードゲームはスマートフォンがあればどこにいても遊ぶことができ、対戦相手もネットの向こう側にいるため実質的に一人でも遊ぶことができる。また対戦相手を選択して遊べるゲームも多く、現実のトレーディングカードゲームと同じように友達と対戦することもできる。

○ユーザーから見ても扱いがライトである
 基本プレイは無料、更に楽しく遊ぶために課金要素、という形をとっているアプリゲームは多い。最初どれくらい楽しいのか測るためにお金がかからず、面白くなかったらお金をかけないといった選択ができるため、ユーザーは気楽に取り捨て選択ができる。これが現実のトレーディングカードゲームだと初期投資として数十枚のカードを買ってプレイしなければ面白いかどうかもわからないため、気軽に手を出すことは難しい。この出入りのライトさもネットのトレーディングカードゲームの大きなメリットである。またネットなのでカードを買いに行くといった行為も省略される。全体を通してユーザーにかかる負担が少なく、扱いが非常にライトである。

○カードの修正を行うことが容易である
 現実のカードゲームでは誤って強すぎるカードやテキストミスのあるカードを出してしまった場合、そのカードの使用を禁止したり、エラッタを提示し呼びかけをしなければならない。これが子供向けトレーディングカードゲームになると、逐一公式サイトをチェックする機会が乏しい子供ユーザーなどには上手く伝わらない場合もある。この点ネットのトレーディングカードゲームでは間違いが見つかり次第修正を行うことができる。

○現実では再現できない処理を行うことができる
 例えば現実のトレーディングカードゲームで行えるランダム性の再現は主にサイコロやジャンケンが限界である。しかし、ネットのトレーディングカードゲームでは複雑なランダム性などを再現できるため、より動きの面白みに幅のあるカードを作ることが出来る。

○機械が自動的に計算や処理を行ってくれる
 現実のトレーディングカードゲームでは、大きな計算を行うゲームも少なくない。遊戯王ではゲームをする際に計算を行うためにメモ帳と電卓を用いるプレイヤーも多い。これがネットのトレーディングカードゲームだと機械が自動的に計算を行い記録してくれるため、プレイヤーは円滑にゲームを進めることが出来る。また、現実では1分ほど時間のかかる処理を持つカードもネットでは機械が自動的に処理をしてくれるため、これも円滑なゲーム作りの元にもなっている。



現実のTCGのメリット

○情緒的ベネフィットの問題
 イラストの他、キラなどの特殊効果が好きなコレクター寄りのユーザーもいる。また好きなスリーブを使いたいという人も居れば、カードを囲んでワイワイやるってのが好きでカードやってるユーザーも多い。

○ネットのTCGと違って媒体の復旧率に依存していない
 現在日本のトレーディングカードゲームのユーザーの多くは小中学生だがその全てがスマートフォンやパソコンなどのネット環境を所持している訳ではない。よって今現在アプリで完全な子供向けトレーディングカードゲームをヒットさせるのは難しい。そのためハイエイジ向けのコンテンツとなりやすい。

○特殊ルール、ローカルルールの存在
 トレーディングカードゲームによっては様々な遊び方が可能なものがある。それらは非公式でありながら積極的なユーザーの活動によって一種の競技レベルにまで押し上げられているものもあれば、地域によって適当な楽しみ方をされているものまで様々である。現状ネットのトレーディングカードゲームでそれら全てを再現することは難しい。

○ゲーム外でのプレイヤースキルが出る
 相手の仕草や目線などから次の行動を把握したり、逆にそれを利用してブラフなどをかけることができるため、ゲーム内でのやり取り以外でプレイヤーの技量が出る場合がある。ネットのトレーディングカードゲームではこれらの要素が非常に狭まる。





 全体的に見てこの時点ですら現実のTCGが勝てる要素が少ない。自分も当初はゲーム外の要素(対戦相手、場所、時間、費用)がネットTCGの一番の強みだと思ってたけど、実際ハースストーンを始めたらゲームの内側の要素の強さに目がいった。特に「○現実では再現できない処理を行うことができる」。これ。
 ハースストーンには「存在する全てのカードからランダムで1枚を手札に加える」とか「相手の手札からカードを1枚コピーして自分の手札に加える(しかも相手は何をコピーされたかわからない)」とかいうぶっ飛んだカードも多い。現実ではまず再現不可。機械という超公平な第三者がゲームに介入することで初めて出来る処理だ。この開発できるカードの多様性と柔軟性がハースストーン遊んでて一番強く感じたネットTCGの強み。デュエマのカモンビクトリーとかめちゃ面白いカードだけど競技性が高いカードじゃないしプレイするのに費用もかかるから現実的には使いにくいでしょ。でもネットならこんなん作り放題だししかも競技性が高いのがゴロゴロできる。この時点でヤバい。
 現実でもコントロール奪うカードくらいならできるけど、奪った相手のカードを自分の手札や山札に戻したりはできない。現実ではスリーブ使ってたり、また所有者の面などから再現が難しいから。こう考えると前述した情緒的ベネフィットの面ではスリーブ使用等を含め、それらがゲームの面白みを損なう恐れを孕んでいるなーとは思った。ただ逆に実体があることでしかできない処理ってのもあって、超BBPで出た《「我(われ)」の極 エゴイスト》とか《Treasure cruise(七福神の宝船巡り)》とか特に顕著。ネタカードにしても突然この手のカードをポンポン出してきたってのは、最近轟々と流行りだしたネットTCGに対するタカラトミーなりの皮肉というか挑戦状みたいなんかなって妄想してみたりしてる。




他にも気付いたことや思ったことは色々あるけど、まあそんな感じ。これから現実のTCGは大変だナーとは思った。終わり。
  1. 2016/02/10(水) 11:46:33|
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